2008年03月12日

北九州の旅その2 長崎 祈りの旅

今回短時間でしたが(3時間くらい)
私は初めて長崎を訪れる事が出来、
平和公園と爆心地、原爆資料館、
浦上天主堂をたずねる事が出来ました。
天気は良く日差しがきついくらいでした。
あの夏の日や世界・国家・家族・平和を
一人考えました。

広島は今から10年くらい前に
出張時(ついでといってはこの地は失礼)、
日曜に息子二人を連れ
原爆関連や厳島神社を見学したことがあります。
長崎の惨状も想像以上でした。
私の地域首都圏も通常爆撃で相当な人が亡くなりました。
我が国に対する都市爆撃被害や広島長崎の原爆被災地は、
いつか尋ねる必要があると思いました。


バスで平戸島から佐世保へ到着佐世保港長崎へもバスで、昼過ぎにようやく長崎駅に到着
JRにはディーゼル機関車が停車中

路面電車で平和公園方面へ向かう初めての長崎。数時間の滞在なので原爆関係のみ見学する。平和公園を横目に見て浦上天主堂を参拝聖人の像が立ち並ぶが、ところどころ壊れている


近づくとところどころでは無く壊れている事が判った被爆後再建された浦上天主堂内部は荘厳であった。聖ルトヒコ茂木聖人の像平和公園は小高い山の上にあった。






平和の像平和の像の銘板長崎の鐘平和公園には平和を祈る様々なオブジェが飾られていた



中でもひときわ印象に残ったのはヨーロッパ(チェコ?)の作家の作品平和公園は被爆当時刑務所だったが壁の跡のみ残し全滅下の川にはまるであの日が無かったような清流で魚たちが泳ぐ平和公園を下の川側に降りたところの幼稚園の壁画緊張していた気持ちが少し和らぐ



爆心地につく。攻撃目標はもっと海側であった。爆心地 合掌爆心地から500mのところで被爆した浦上天主堂の壁原爆炸裂時の閃光による焼け跡のついた石垣が積みなおされている

爆風で地層となり地下に封印された人々の生活の証爆心地の像も子供を抱いている。 合掌長崎原爆資料館にむかうあの夏の日と書かれた乙女の像

原爆資料館に到着するドームのフレームから木漏れる太陽の光館内は撮影禁止でしたお世話になった路面電車。ジオラマを作りたくなった

慣れない路面電車から降りられず(通路が狭く前から降りられない)駅前を通過してまた降りられず2駅くらい通過しまい降りたところ、文明堂本店前だった。文明堂は長崎に本店がある事を電車を降りられずに知った。三時のおやつは文明堂♪長崎駅構内の御朱印船JRで博多駅経由で福岡空港へ、乗り心地良い列車だった。雄大な雲仙普賢岳 火山とともに生きるのも大変

Posted by dynamizer at 19:06│Comments(0)TrackBack(0)出張ついでの旅 | 国内

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/dynamizer/51013698